EU AI法の透明性義務と日本の中小製造業が用意しておくべき回答の例

EU(欧州連合)におけるAI法において、AI利用の明示を義務付ける「透明性義務(第50条)」が2026年8月2日より適用開始となりました。

欧州企業へ製品や部品、生産装置を供給している日本の事業者にとっても無関係ではありません。しかし、結論から申し上げると、日本の中小製造業の大半がただちに直接の厳しい法的義務者になるわけではありません。

本記事では、難しい法制度の細かい解説は最小限にとどめ、「自社が対象に含まれるかの見分け方」と「海外取引先から問い合わせを受けた際の実務的な回答手順」に絞ってわかりやすく解説します。

当社は法律の専門家ではありません。本記事は一般的な実務整理を目的としており、個別の法的判断については専門の弁護士にご相談ください。

目次

何が始まったのか?(制度の概要と罰則)

EU AI法における「透明性義務(第50条)」とは、端的に言えば「AIを使用していることを相手(人間)にわかるよう知らせる義務」です。適用が始まったのは2026年8月2日です。

2026年7月のデジタルオムニバス合意により、AI法の一部規定は適用が先送りされました。ただし、先送りされたのは主に「高リスク分野」の規定です。第50条の「透明性義務」は延期対象に含まれておらず、予定通り適用されています。

なお、2026年8月2日以前から市場に提供されている既存の生成AIモデルについては、機械可読なマーキング義務の履行期限が2026年12月2日まで猶予されています。

違反時の制裁金(第99条)

制裁金は違反の重大性に応じて3段階に分類されています。

違反区分大企業の制裁金上限中小企業・SMEの制裁金上限
① 禁止行為への違反3,500万ユーロ または 全世界売上の7%(高い方)3,500万ユーロ または 全世界売上の7%(低い方
② 透明性義務などの違反1,500万ユーロ または 全世界売上の3%(高い方)1,500万ユーロ または 全世界売上の3%(低い方
③ 当局への不正確な情報提供750万ユーロ または 全世界売上の1%(高い方)750万ユーロ または 全世界売上の1%(低い方

数字だけを見ると非常に高額に思えますが、過度に恐れる必要はありません。大企業が「固定額と比率の高い方」を適用されるのに対し、中小企業(SME)やスタートアップに対しては「金額の低い方」が上限として適用される配慮がなされています。例えば年商3億円の企業であれば、3%の上限は最大900万円となります。

自社が対象になるかの見分け方

自社が対象になるかどうかを分けるポイントは、たった1つです。

「AIの出力結果が、EU域内で継続的に利用されているか」

EU AI法は域外適用(EU外にある事業者への適用)の規定を持っています。事業者の所在地が日本であっても、AIの出力がどこで使われるかで判断されます。

ただし、欧州委員会が2026年7月に公表した最終ガイドラインでは、過度な範囲拡大を防ぐ整理がなされています。偶発的な利用、事前予見が不可能な利用、あるいは下流工程での許可のない利用だけでは、原則として規制対象にはならないと明記されました。

例えば、「たまたまドイツから1回だけWebフォーム問い合わせがあった」という程度では該当しません。あくまで継続的な欧州企業との取引・コミュニケーションが存在するかが判断の目安になります。

自社チェックリスト

以下の項目を確認してみてください。

  • 欧州に拠点や駐在員があり、現場でAIによる出力(作成文書や分析)を利用している
  • 欧州の取引先担当者に、AIが自動生成した見積書・納期回答・発注通知が届く仕組みになっている
  • 欧州顧客向けに、英語等のAI自動応答システム(チャットボットやAI電話窓口)を設置している
  • 欧州からの問い合わせ対応や受発注処理が単発ではなく、継続的に発生している

上記に1つも該当しない場合、現時点では規制の対象範囲外です。国内取引のみで完結している事業者様は、特別な対応を進める必要はありません。

対象になった場合に求められる3つの対応

万が一、自社が対象に該当した場合でも、求められる実務対応は限定的です。大きく分けて以下の3点となります。

① AIであることの明記(告知義務)

第50条第1項では、人と直接やり取りを行うAIシステムに対し、AIであることをあらかじめ相手に知らせることを求めています。

最終ガイドラインでは、「発注者に代わって自動応答・処理を行うAIエージェント」も明確にこの対象に含まれると示されました。求められるのは次の2点です。

  1. 応答している主体がAIであること
  2. 誰(どの企業)の代理として動いているか

なお、ガイドラインでは以下のような曖昧な告知方法は不十分(NG)とされています。

  • 利用規約(利用条件)の奥深くに記載しておく
  • 単に「アシスタント」とだけ表記する
  • HTMLのメタデータやヘッダー情報にのみ埋め込む

町工場の実務で該当しやすい例(告知文例):

電話の自動一次応答や、メールの自動応答システムが該当します。欧州からの連絡に対しては、以下のような簡潔な英文を冒頭に記載・アナウンスすることで要件を満たせます。

【電話自動応答のアナウンス例】
“This is an automated assistant answering on behalf of [社名]. Your enquiry will be passed to our staff.”

【メール自動返信の文面例】
“This is an automated reply generated by an AI assistant on behalf of [社名]. A member of our staff will review your message and respond.”

② AI生成物へのマーク付与(コンテンツの識別)

第50条第2項では、AIが生成したテキストや音声などのコンテンツに対し、識別可能なマーク(タグや表示)を付与することを求めています。

対象は「人間が直接読んだり聴いたりする出力」です。システム内部でのデータ処理(中間データ)や、システム間のAPI通信などは対象外となります。

B2B取引における除外規定
完全に限定された産業環境やB2B(企業間取引)環境でのみ使用され、誤用リスクに対する適切な対策が講じられている出力については、マーキングを省略できる除外規定が設けられています。特定取引先向けの業務見積書などはこの適用を受ける可能性がありますが、一般消費者も触れる出力には適用されないため個別確認が必要です。

③ 「高リスクAI規制」とは区別して考える

ニュースなどで報じられる「2027年12月までの厳格対応」といった話題は、AI法における「高リスク分野(ハイリスクAI)」に関する規制です。

高リスクに該当するのは、生体識別、重要インフラ管理、教育・評価、採用・雇用管理、与信審査、法執行などの特定分野です。一般的な製造業における受発注業務や見積作成、問い合わせ対応などは高リスク分野には含まれません。

混同して過度なコストをかけないよう注意しましょう。

欧州の取引先から確認された時の回答テンプレート

中小製造業にとって、法令そのものへの直接対応以上に現実的な課題となるのが、「欧州取引先(親会社やサプライチェーン元)からのコンプライアンス調査」です。

取引先が自社のサプライチェーン統制の一環として「AIの利用状況や管理体制」の確認を求めてくるケースが増加します。問い合わせが届いてから慌てるのではなく、事前に回答できる材料を整理しておきましょう。

事前に準備しておくべき「4つの基本情報」

以下の4点が整理できていれば、取引先からの大半の質問にブレなく回答できます。

  1. AIを利用している業務範囲の一覧
  2. 人間の承認を経て出力される範囲と、自動送信される範囲の区分
  3. 処理ログ(履歴)の保管期間と保管場所
  4. AIの停止手順と、停止後の手動運用への切り替えフロー

提出用回答メッセージ(英文テンプレート)

回答書は長文にせず、A4半ページ程度(メール本文数行)にまとめるのが鉄則です。説明が長くなるほど追加の質問を誘発しやすくなります。

英文回答メール本文

Thank you for your enquiry regarding our use of artificial intelligence.

We use AI-based tools in part of our order-handling process. Every document issued to our customers, including quotations and delivery-date confirmations, is reviewed and approved by a member of our staff before it is sent. All processing steps are logged and can be made available on request. Automated processing can be suspended at any time and the work returned to manual handling.

If you require further detail, please let us know which items you need.

注意事項:「適合宣言」は絶対に書かない
回答文を作成する際、自ら「当社はEU AI法に完全準拠しています」といった宣言を記載することは避けてください。適合性の法的保証は責任範囲を大きく広げてしまいます。上記テンプレートのように「現在どのような運用を行っているか」のみを提示することが重要です。

「人による承認」を入れた設計が最強の防御になる

当社が中小製造業様向けに提供しているAI活用システムでは、外部に送信される出力には「必ず人間が確認・承認するプロセス(Human-in-the-loop)」を組み込んでいます。

これはEU AI法対策として後から作った仕組みではなく、「誤った見積りや誤記載が顧客に届くリスクを防止する」という製造業の実務上の安全対策として最初から設計したものです。

結果として、この「承認駆動」の設計をとっておくことで、前述の取引先からの確認に対しても以下のように明快に回答できます。

  • 「外部送信の前に必ず担当者が承認している」 → 責任の所在と人間による監視を即座に証明できる
  • 「処理の過程全件をログ保存している」 → トレーサビリティ(追跡可能性)の存在を明示できる
  • 「いつでもAIを止めて手運用に戻せる」 → 非常時のコントロール権が維持されていることを示せる

安全な実務運用のために講じた仕組みが、結果的にEU AI法をはじめとする対外的なコンプライアンス説明の強力な根拠となります。

実務で「やってはいけない」3つの注意点

EU AI法への対応を検討する際、現場で誤って行いがちなNG事項を3点にまとめました。

音声や対話から「感情・状態判定」を行う機能を追加すること

電話応対AIなどで「顧客の感情(怒り・満足度)をAIで自動解析する」といった機能の追加提案を受けることがあります。しかし、職場や教育現場での「感情認識システム」はEU AI法において最も規制の厳しい『禁止対象(Prohibited AI Practices)』に分類されるリスクがあります(制裁金も最高額枠)。

感情解析は避け、単なるテキスト化にとどめるのが安全です。

安易に「弊社はAIを一切使っていません」と回答すること

一時しのぎとして「不使用」と回答すると、後々矛盾が生じる原因になります。

翻訳ツール(DeepL等)やWeb会議の議事録要約機能もAI技術の一部です。「AIを使用している前提で、承認プロセスや運用範囲を正しく開示する」姿勢が信頼につながります。

聞かれていない余計な情報まで自発的に開示すること

自社で使用していない機能や補足事項まで回答書に記載すると、相手方の法務担当者からの追質問や確認項目が増加するだけです。取引先から提示された質問の範囲内に絞って回答を作成しましょう。

まとめ

日本の中小製造業におけるEU AI法(透明性義務)への対応は、実質的に以下の3点に集約されます。

  1. AI応答時の「告知文」を1文設定する(欧州向け自動応答の場合)
  2. 処理ログの保管場所を確保する
  3. 緊急時にAIを停止して手動に戻す運用手順を定めておく

直接の規制対象にならない場合でも、欧州の取引先からの問合せを受ける可能性は十分にあります。問合せが届いてから慌てないよう、回答に必要な実務材料(利用業務・承認範囲・ログ・停止手順)をあらかじめ社内で整理しておきましょう。

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この記事を書いた人

1981年生まれ、名古屋出身。

2008年よりドイツ・ベルリンに在住。
ドイツの国家資格である職業訓練プログラム「アプリケーション開発専門IT技術者」を修了後、医療系自社開発企業にてデスクトップ・Webアプリケーションの開発に4年間従事。
2022年よりドイツの大手SIer「Adesso SE」にて、フルスタックエンジニアとしてリードポジションを務める。

2027年に日本へ帰国し、日本の中小企業へのAI導入支援を本格的に開始予定。

著書「AI時代の海外移住戦略

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